『歩道橋の魔術師』書評 東京猫町倶楽部 豊崎由美書評講座 第1回 

最近はまっている猫町倶楽部では、書評家・豊崎由美さんによる書評講座が行われている。昨年、名古屋猫町で全3回あったのだが、なかなかの盛況ぶりらしく、名古屋猫町のメンバーに話を聞くと実に愉快そうなので、いつかは自分も参加したいと思っていた。
だから東京で8月に開催されると聞いたときは躊躇なく応募した。

書評は昔、官能小説のレビューをエロ雑誌に書いていたこともあり、まったく勝手を知らないということもない。しかしライター業ももう2年以上もしてなく、ブログも更新が滞って長い文章を書くことにいささか不安があった。
だからこそ参加する意義もあるのだが、課題本の1つである『歩道橋の魔術師』を読了し、いざ書いてみる段となるとやはりかなり苦労した。

どうにかこうにか書いて提出したのだが、内容はともかく文章の出来は今ひとつだなぁと思っていた。いちおう記録としてここに載っけてみようと思う。

ちなみに想定媒体は『サンデー毎日』。
死んだ父親が愛読していた雑誌だ。


歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)
呉明益
白水社
売り上げランキング: 67,869

 台湾の話なのに、これはなんとも懐かしい気分にさせてくれる連作小説だ。
 舞台は台北市にかつてあったという中華商場。三階建ての横に長い建物が八棟も列なったこの巨大商店街は、洋服、眼鏡、レコード、食料品、古書、時計、レストランなど千軒以上の店があって活況を呈していた。建物には狭いながらも住居スペースがあり、主に商場で働く家族が住んでいた。
 この小説は、かつてその中華商場で暮らしていた子どもたちにまつわる物語である。現在、大人になった彼らが、当時を振り返る形で語られていくのだが、これによりその時の子どもが今はどういう大人になったのかをさりげなく提示することになる。
 彼らが子どもとして過ごしたのは、一九八〇年前後のこと。
 日本でいえば昭和50年代。高度経済成長から安定成長期に入ったぐらい。バブル景気が始まる前にあたる。ちょうどその頃、日本の大都市近郊では個人商店が密集する商店街が今よりも活気があって、そこから少し離れたところに公団住宅の団地が次々と作られ、大量に流入してくる地方出身者たちを受け入れていった。当時、外国からは「ウサギ小屋」などと揶揄された団地は子どもであふれかえり、今のように少子化が深刻な問題になるとは思いもしなかった時代であった。
 台湾と日本の違いはあれ、同じ時代ということもあるのだろうか。この小説の中で描かれるコミュニティが、その時の団地住まいの雰囲気とよく似ていて、異国の話なのにどうしてか郷愁のようなものを感じてしまう。
 両親の夫婦げんかが絶えない家に帰るのがいやで家出してしまう少年。大して中身はなさそうだが、ギターだけはカッコよく弾く青年を、好きになってしまう美人と評判の娘の話。小学生にしては背が高く、身体も廻りより早く女﹅になってしまって、それゆえに同級生から浮いてしまっている少女の話、かくれんぼをしていたら仕立屋の仕事部屋でその後、秘密にしなくてはいけない事を見てしまう少年の話など、子どもが大人になっていく過程で体験する出来事、見聞する事件などが十篇のストーリーとして綴られている。
 こうやって書くとどれもありふれた話のようにも聞こえるかもしれないが、その読後感は実に見事としかいいようがない。呉明益のストーリーテリングの妙と言ったところか。
 たとえば子ども時代特有の、大人になってからはかなり気恥ずかしいはずの呼び名を、あえて使わせていたり、戦後しばらくして世界的にブームになった切手収集のための切手売りの話を挿れてみたり、ノスタルジーへと誘う芸がいちいち細かい。
 特に表題にもなっている『歩道橋の魔術師』の存在が効いている。商場の棟と棟の間を結ぶ歩行者通路にいつも陣取っているこの謎めいた魔術師は、第1話目以降はあまり登場しなくなっていくのだが、どうやらすべての話の転換点に関わっているようで、その得意の魔術でもって、子どもたちを挑発しいてく。
 魔術師が一人の子どもに言う。「わたしはただ、お前たちの見ている世界を、ちょっと揺らしているだけなんだ。映画を撮る人間がすることと何も変わらない」
 それはいい小説とて同じだろう。呉明益の魔術に、遠く懐かしい子どもだった時の記憶を、呼びさましてもらってはどうだろうか?


全体の3位の支持はいただいた。だけどやはりというかなんというか、豊崎さんからは稚拙な文章だといわれてしまった。
確かにそうだよな。

次回は11月らしいので今から楽しみにしている。

豊崎由美の猫町書評講座@東京 第一回
http://www.nekomachi-club.com/report/24313

開催レポートは、2014年8月2日(日)になっているが、2015年の間違いだな。

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