美熟女ドキュメント 結城みさのすべて 

  • [2013/12/16 10:10]

2013年1月、HMJMにほど近い公園でのインタビュー。
結城みさのすべてはこんな会話から始まる。

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今田
今日は根掘り葉掘り聞きますよ。
結城
こわいなぁ。
今田
こわかねぇだろ、センセイ。ざっくばらんに。
結城
そうですね。力入れずに…。
今田
そうだね、力入ってない結城さんって見るのは久しぶりかもしれない。
結城
(アッハハハ…)
今田
なんだろーこの感覚って思ってたらそれかもしんない。けっこうシャキってするよね、痴女とか。
結城
そうですね、だからけっこう、「結城」っていうベールがけっこう厚くて、なんか素のアタシを見てみんなビッ…、なんだろう、「あっ、こーんな感じなんですか」みたいな。実際に会って、ファンの人も。「あっ、こんな気さくなんですね」って言われて。
今田
そうだよねー。
結城
そう、なんかもっとね、なんかツンツンしてたりとか、あとあんましゃべんないイメージがあるみたいで…。
今田
ああ…、結城さん、おしゃべりだもんね。
結城
そう、おしゃべり(笑)

これは「美熟女ドキュメント ○○のすべて」という一連のシリーズで、裏表紙には「誰も見たことのない結城みさの素顔を探して」と、シリーズを通しての常套句が書かれてある。

結城みさが「ツンツンしてるとか、あんましゃべんないイメージがあるみたいで…」と述べているが、これは何も結城に限ったことではないだろう。シリーズで取り上げられた「風間ゆみ」「村上涼子」「北条麻妃」などの熟女優にしても、実際に話したことのないユーザーからすれば、キャラ的に近寄りがたいところがある。

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「熟女」AVは、保守的な女性のキャラ設定にされることが多く、たとえば貞淑な妻だったり、母性あふれる義母だったりと「大人の女性」を求められる。そういった固そうな女性との卑猥な行為に背徳的なエロスが醸し出されるわけである。
それは何もドラマに限ったことではないらしく、結城も今田とのやりとりの中で

「あのー、今まで数々まぁドキュメントとか出てますけど、いちおうちょっと、背徳感があるようにいってくださいとか、あって、言ってました…」

と、熟女ジャンルの女優が素をなかなか見せられない事情を述べている。

しかしまさにそのあたりの部分をタートル今田はこのシリーズで巧みにくすぐっていくのであるが、その持っていき方が絶妙にうまいと思う。
風間も村上もはしゃいでいる感じがとてもいいのである。
なぜ彼の手にかかるとこうも可愛らしくなっていくのか。時に、タートル今田に本気で恋しちゃっているんじゃないかと、邪推しそうないちゃつきぶりが映し出されたりもする。

さて今回の作品の流れであるが、基本的に他のシリーズ作とパターンは同じである。

1.「みささんについて」
※公園でのインタビュー。
2.「目隠しとお気に入り」
※結城みさの好きな男優を呼び出して目隠しをさせ、指名相手を当てさせる。
3.「みささんの思い出#01」
夜、同棲をしていたという思い出のマンションを訪れる。
4.「艷女とアルコール」
※その夜、程ない場所のラブホテルでハメ撮り。
5.「みささんの思い出#02」
※翌朝、元彼とよくデートした江ノ島が見えるマリーナ。
6.「サヨナラのハメ撮り」
※昼、その近くのラブホテルでのハメ撮り。

2の「目隠しとお気に入り」はバラエティー色の強いコーナーである。
あらかじめ結城みさにお気に入りの男優を指名してもらいオファーをかける。
男優たちは誰に呼ばれたか知らされぬまま現場入りし、目隠しされた状態で登場。結城はいっさい声をださないようにし、キスやボディータッチだけで自分を当てさせるというゲーム。当たった男優は結城とセックスができる。

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タートル今田はハメ撮り監督ではあるが、作品の中にドキュメンタリーとは異質のコーナーを挿入することがある。たとえば「卑猥なマドンナ」というシリーズでは、その女優の過去を振り返る再現ドラマを入れてきたりする。
当然、そのコーナーでの絡みは男優を使ったもので、ハメ撮り作品のもつ2人っきりの濃密な空気は流れていない。監督なりに意図があるのだろうが、自分などは作品の流れがプッツリと切れてしまって、集中してみていられない場合が多く、1ユーザーに過ぎなかった頃は正直すっ飛ばして見ていた。

しかしこの「結城みさのすべて」でのこのコーナーは、うまく結城みさの人となりが出ていて、後に続くハメ撮りまでの雰囲気をそれほど損なってはいない。
単純にそれは自分が結城のファンだからという理由によるものかもしれない。
でもそれでもいいのである。何度も言うがこの作品は結城みさのファンが結城の横顔を見たくて見るビデオなのである。

結城みさが選んできた男優の森林原人と中野クンとのやりとりは、たとえば2人とも何回も答えを外して、結城みさが「指名したのに、わかんないってひどいよーーー」とふくれっ面になったり、森林原人の往生際の悪い態度に押し切られ、最終的にとんだ事態を招くことになるその優しい性格も、普通では観られない結城みさの側面を見せてくれている。

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それは「みささんの思い出#01」「みささんの思い出#02」でも同じことで、結城にガングロギャルの時代があったことや、若いときは恋に生きていて、少しでも一緒にいようと「どこにいるのか、早く帰ってこないのか」と相手に聞きまくっていたようなことなど、今の結城みさから想像もつかないような過去が明かされていく。
結城に興味のない人間が、結城の同棲していたマンションに行ったり、結婚をする気でいた彼氏との思い出話を聞いても興は乗らないだろう。

それらの部分が引き出されることで結城のファンは、それに続くタートル今田の絡みを半ば嫉妬混じりでドキドキしながら観ることになるのだ。

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4の「艷女とアルコール」のホテルでの本番は、結城みさにチャイナ服と穴あき網タイツを着せて、お酒を飲ませる。ほろ酔いになった結城みさは艶めかしい。
だがいよいよキスをする段になって、今日、何回も見せている照れ顔の結城みさがさらにカワイイ様相を呈する。
その結城に、これまたとぼけた容貌の今田がからむ。今田のしゃべりはスローモーなのだが、それがまた妙な間を作って緊張感を与える。
結城の照れ隠しの混じった笑い声が徐々に消え、ゆったりとした流れから急に熱のある絡みへと突入していく。

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さて商業用のレビューならこのまま次の話に持っていくんだろうが、ここはボヤキの小窓、やっぱりこれは言及せざる得ないだろう。
あえて口調も変えさせてもらおう。

これはボヤキの小窓ではずっと書いてきたことなんだけど、ハメ撮りとか主観AVとかでさ、男の方に顎髭とかあるのはダメだと思うんだよね。不潔感丸出しでさ。画面いっぱいに男の髭が映ったりするんですよ。自分は実際にタートル今田に会っているので、まだ拒絶感が少ないんだけど、あえて言わしてもらうと剃るべきだよね。

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自分も立ち位置がAVを作る側にずれて、正直、鈍感になってきているところがあると自覚しているんだけど、それでもやはりヌク側のことを考えると髭があるのは気に入らないのだよ。実際、自分が関わった主観ビデオを撮る現場では、直前に髭を剃って貰ったことが何回かあった。名前の通った男優だからといって容赦はしなかった。

こっちは金出してオナニーをしようとしているんだからさ。余計な夾雑物はできるだけなくすのが基本でしょ。
髭というのは顔にアクセントをつけるために伸ばすわけで、なんでAV女優が中心の作品で、わざわざ髭をはやして出てくるのか。そういう心遣いって、AVユーザーだったことのない人間にはわからないのだろうかねぇ。

この問題は、たとえばほかにもハメ撮り中、いいところでピンボケになったり、蛍光灯のフリッカーが出ていて画面がチラチラしていたり、観ていて気になるところもあるのだが、そういう撮影・編集の巧拙なんかよりも、自分にとってははるかに大事な問題なんだな。
それがわからないとしたらもはや今田監督はAVに何十万も出して淫語をカウントして過ごすようなAVユーザーの気持ちがまったく理解できない人間ってことになる。
でもかつての自分みたいなユーザーが今でもAVを支えているんだと思う。そういう人間がちゃんとお金をだして観ても損させないAVを作ってほしいんだ。

もっとも、これはフォローのつもりで書くわけでもないが、いったんこのフォーマットに慣れてしまった人間はタートル今田の髭があまり気にならないのかもしれない。
シリーズ作の強みというのはそういうものだと思う。
それほどこのシリーズは作品的に完成しつつある。

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最後のハメ撮りは、結城に目隠しさせて、電マを使ったオナニー。感情が高まってきたところでのローターを当てる。
「もっと気持ちよく?」
「して……」
電マを取り上げてあてる。
そこへ自らの陰茎を近づける今田。鼻先でしごく。
「ああ、いっちゃう、いっちゃう」
「だめ、入れてぇ」
クリにローターを当てながら正常位、バック、寝バックで騎乗位。
「おかしくなっちゃうから、きて…」
正常位にもどって「おまんこいっちゃう、マンコイイ」とつぶやくみさをさらに責める今田。

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結城みさの魅力ってなんだろうと考える。
柔らかい物腰だったり、どこまでもつき合ってくれそうな人なつっこさだったり、いたずら好きでもあるし、勝ち気なところもある。
でも自分たちが観る結城みさはどこまでいってもAV女優としての結城みさなのだろう。

今田
「その彼氏と結婚してもAV女優になったかな」
結城
「ああー、旦那以外だったらたぶんAV女優をやってないと思います」
今田
「そっか」
結城
「うん」
今田
「ここで彼がさ、たとえば半年早くさ、指輪とかここで渡してたりしたらさ」
結城
「ああ、ぜんぜん普通に結婚してましたね」
今田
「結城みさは誕生しなかったんだね」
結城
「誕生しなかったです」
今田
「へぇーおもしろいね」
結城
「人生のターニングポイントの場所ですね」
今田
「おもしろいね」
結城
「でも一番、思い出、として、すごく、なんだろう、哀しい思い出というよりここはね、マリーナは楽しい思い出しかないから…」

そんな結城みさも、この2013年12月をもって引退なのである。
この作品はレビュー用にタートル今田監督から貰ったのだが、今度、12月25日に開催される真咲南朋監督が主催している結城みさの引退イベントには、買ってある「結城みさのすべて」を持参してイベント会場で結城さんにサインをねだろうと思っている。

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美熟女ドキュメント 結城みさのすべて HMJM ホームページ
居酒屋『南朋』結城みさ引退直前スペシャル@ネイキッドロフト!

レビューの書き方を忘れてしまったのか? 

  • [2013/10/29 12:56]

自分はAVレビューで自分語りをしている文章は好きではない。むしろやってはいけないことだとすら思っている。
それなのに書き出しを、「昔、こんなことがあった」とか、「つき合っていた人がどうだった」とか、個人的な事情から起こしてしまうことがある。エッセイならそれでもいいだろう。しかしレビュー(批評)は客観性を担保しなくてはいけないはずである。そして実際、それらの個人的事情はAV作品の中味そのものが知りたい読み手からすればまったくいらない情報なのである。
それでもドキュメンタリーものは、ついついやりがちだ。特にHMJM作品は剣呑である。

今書いている「結城みさのすべて」のレビューもそうだった。
だからいろいろ削った。
でもせっかく書いて、なんかもったいない気もするので、レビューから削った文章をつれづれなるままに、貼り付けてみようと思う。


今年、廃刊したビデオTHEワールドの最終号に「美熟女ドキュメント 結城みさのすべて」のレビューが載っている。興味深いので全文を引用しよう。担当者は中村淳彦。

タートル今田によるVW常連、結城みさの素顔に迫るドキュメント。結城みさは作品をみれば常識のある社会的な人というのは想像つくが、予想通り話はそんなに面白くない。3年前に夫公認でデビュー。AV女優になったキッカケは好奇心で、思い立ったその日に夫と相談。夫は妻のやりたいことを尊重してAV女優業を応援して、その特殊で恵まれた環境が才能を開花させた下地になっているようだ。少女時代、田舎の学生時代の話は極めて一般的。AV女優というアウトサイダーを扱うドキュメントの対象として最も面白みのないタイプで、ファンは生の声を聞いてみたいな説があるが、本当にそうかなと思う。ハマジムはスペックが高くAV女優として成功している女性を撮影して、時代背景も重なってこの数年はインタビューやドキュメントの展開は似たり寄ったり。アウトサイダーと思われている人が実は常識的で一般的な人だったというのは、かつてのAV専門誌の単体インタビューに似ていて、わざわざポジティブに取り組むようなことと思えないんだよね。既に何度も共演したこともある森林が登場して、身内ノリのセックス。その後、今田と元彼と同棲していた横浜の地へ行って思い出を語って、ラブホテルでハメ撮り。旦那が賛成していて家庭は平穏無事という以上人妻が不倫している背徳感もない。モ66興65総65(中村)

「ビデオ・ザ・ワールド2013年6月号」59p 所収 コアマガジン

これを読んだとき、たぶん目にするだろうタートル今田監督はどう思ったのかちょっと慮ったりしたが、その一方で自分はここには犯しやすい問題点が内包されているなぁと思った。
その問題を検討する前に、さきに中村淳彦がいかにこの作品をちゃんとレビューできてないかということを指摘しておく。
たとえば「結城みさは作品をみれば常識のある社会的な人というのは想像つくが、予想通り話はそんなに面白くない」というところであるが、結城みさが自ら語る内容は「世間の常識からかなりかけ離れている」と思う。

結城がこの業界に入るきっかけは、自分からネットで調べて

「検索ワードに、人妻、母乳、求人、みたいな感じで打ったら、パンって、バァーっていっぱい出てきて、じゃーとりあえず話だけでも上から順番に面接していこう」

ということで1番目に出てくる大手のプロダクションに所属を決めることになる。
こんな話が常識的なこととはとても思えない。
また結城の夫は相当なAVマニアで、最初の頃は結城の作品を観てダメ出しをしていたとか、ついには作品に出演して男の潮噴きを見せるとか、そんな夫婦が「常識のある社会的な人」で括られるのには違和感がある。

「たぶん、(男の潮噴きは)私たちにしたら普通の……、普通だったことが、意外とこう(AVのプレイ内容の中でも)レベルの高い位置にいたっていう」

自分は、この夫にネトラレ趣味でもあるんじゃないかと想像するが、いずれにしろどう見ても立派な変態である。
実際にこれらのことを何人かの知り合いに話すと、「えーっ、すごい人がいるんですねぇー」と半ば呆れる感じで驚く。
これが世間一般の感覚というものだろう。

「ファンは生の声を聞いてみたいな説があるが、本当にそうかなと思う。ハマジムはスペックが高くAV女優として成功している女性を撮影して、時代背景も重なってこの数年はインタビューやドキュメントの展開は似たり寄ったり」

こここそ作品の肝なわけで、この作品は「ファンは生の声を聞いてみたい」が前提の作品である。だからこそ「結城みさのすべて」というタイトルになるわけで、タイトルや作品のねらいを無視して、ただ自分にとって「面白くなかった」ということだけで内容を否定してはいかんだろう。むしろ中村淳彦自身が「AV女優の不幸を売りにする」ということでもって括られ批判されてきたわけで、なんだよ、不当な批判をする連中とやっていることは一緒じゃないかよってつっこみを入れたくなるのだが、まあ、そのことも自分からすればいつものことなのであえて問題にはしない。

自分は「中村淳彦」の才能を高く買っているが、彼のAVレビューはあんまり信用していない。それは彼の感覚が一般的な常識から乖離していると思うからだ。
だがその世間的な感覚のズレが逆に『名前のない女たち』のような傑作を書かせたわけで、そのことをもって直ちに彼の欠点だとは思わない。むしろライターとしては優れた資質の1つであるとすら思う。その証拠にAVライターで彼のようにAVのことを扱った単著でベストセラーを出した人はいない。それはまったく彼の才能によるところが大きい。

自分は結城みさのファンである。
彼女に最初に会ったとき、自分はこれ以上無いぐらい舞い上がり、握手を求め、サインをしてもらい、夢中になって話した。
もちろん業界に入る前からファンだった女優は幾人もいる。だが彼女ぐらい毎回会っておきながら常にドキドキし、さらに気安い気持ちで「みさ」とか「みさみさ」とか呼ぶことができない女優さんは、ほかにいない。
どうやら彼女が引退するまでその態度はかわらなそうだ。

そんな彼女と撮影で2人っきりになることがあった。
ホテルの一室で長い時間スタッフを待っていたのだが、そのとき自分はたまたまこの「結城みさのすべて」を持っていた。こんなチャンスは滅多にない。
2人で見ながら時折、その時の状況を聞く。なんと贅沢な鑑賞法だろう。他に誰もいない。結城みさと自分だけである。
途中、出てくる目隠しした2人の男優を使うゲームでは、「このとき森林君がどうだった」とか、「中野君はそれに対してどうだった」とか、笑いながらその模様を話してくれた。

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この作品は、純粋に結城みさのファンが楽しむビデオである。
それが第一義だ。
そしてAVというのは、まぎれもなくAV女優のファンが支えている。その女優が好きだから買う人が圧倒的に多い。自分のようなパラフィリアな企画買いの人間はむしろ少数なのである。いや、そんな自分でもやはり女優買いするときはある。

「結局、自分がいちばん買っている作品って、結城さんなんですよね」
そう、気がついてみれば自分のような「淫語縛り」の人間ですら、特定の女優で買うことがあるのだ。
それはおそらく自分だけではないだろう。そのジャンルにはその申し子のような女優さんがいて、その女優さんだから買うという人も多くいるのである。
淫語がうまい女優さんは淫語ビデオでなくても淫語を言う可能性が高い。そういうビデオで、淫語がチョロッと出るくるだけでいつも以上に興奮したりする。そういうこともあるので、多少自分の嗜好に合わない作品でも、ファンだから買うし、ファンだから楽しめたりするものだ。

つまりAVの大抵のユーザーは女優買いをする人たちなのである。
そして自分は結城みさのファンなのだから「結城みさのすべて」を見て十分、楽しめた。
そしてもう一つ楽しめるポイントはありそうだ。それはタートル今田ならではの熟女優の転がし方だ。この作品は立派な熟女モノの萌えポイントを含んだ作品なのである。


と、まあ、こんな風に「結城みさのすべて」レビューを書き出したんだが、迷路に入ってしまった。要は独りよがりで、饒舌すぎて、酷い。結局ばっさりと切ってしまった。
久しぶりにレビューを書くとこんなことになるのである。
いやー、昔の自分は本当にすごかったなぁ。

※これなんか動画まで載っける手の込みよう。
「名前のない女たち」AVレビュー

なにもんなんだ、自分。

YOGA(HMJM) レビュー  

  • [2010/01/22 14:22]

ある時、セックスをしながら孤独を感じている自分を発見した。
たがいに肌を合わせ、そのぬくもりを感じながらも、心のどこかに風が吹いていて、どこまでいっても一人であるという寂寥感。
それは決して耐えられない寂しさではないが、注射針を刺すほどの痛みはあるかもしれない。

カンパニー松尾の作品を見るとそんな痛みを思いだす。
だからといって、決して熱のないカラミをしているわけではない。むしろその逆だ。
カンパニー松尾が誘い、女はその空気に侵されて発情し、言葉責めにあってさらに乱れる。いつしか男の肉を求め、四肢を絡みつかせ、深く迎え入れ、激しく腰を振る。
松尾だってこんなにガツガツこられたら気持ちよくないはずがない。

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それでもどこからか風が吹く。
女は気づいているのだろうか?
ただ話を聞いて受け入れるだけの存在。カンパニー松尾の孤独。
それを、女は心地よいと思うのだろうか? 優しくされたと感じるのだろうか?
それこそが、カンパニー松尾は誰も愛していないという証拠なのに。

yoga000.jpg その松尾作品にあって、この「YOGA」という作品はさらに異質だ。
まずタイトルに「女の名前」も「エロキーワード」も入っていない。
「ヨガインストラクターの女 あすか」や「ヨガの先生をしている愛人を紹介します」ではなく、ただ「YOGA」なのだ。

パッケージ写真もキレイではあるが無機質である。男の劣情をそそる要素は皆無と言っていい。
いつものHMJM作品なら淫臭のにじみ出るスティールを使い、それに見合ったタイトルをつける。でも「YOGA」はあえてこのパッケージにしているようだ。
これでは「今夜のおかず」を探している者になかなか見向きはされないだろう。
だがそんなこともじゅうぶん織り込み済みなのだ。

①全裸の女性。ゆっくりとYOGAをはじめる。
静寂な音から猿の声。シタールだろうか弦楽器の音楽が奏でられ、
「YOGAを見て、美しいと思った」
「YOGAとは生き方、と彼女は言った」
と文字が入る。

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まず藤咲飛鳥に「YOGA」について語らせる。
その後今回の旅の目的が明かにされる。

「ヨーガって心と体をつなぐ、結ぶって意味なんですよぉ」
「だから生活とか、いきもの全部がヨーガなんですよぉ」
「その中のぉ、私たちの知っているヨーガはぁ、一般の人が知っているヨーガはぁ、そのぉ、アーサナって言う、ポーズ、安定したポーズ、のことを言うんですよ」
「安定したポーズ、アーサナをやったのは、やり始めたのは2年前。そのぉヨーガぁにぃ…、そう19ぅーとかぁ、10年以上ぉ前…」

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彼女は1月、ヨーガのインストラクターになるため南インドに1ヶ月滞在した
ヨーガの話を聞いた僕はもともとインドに興味があったこともあり
「ヨーガの聖地に行かないか」と彼女を誘ってこの旅がはじまった

②インド・デリーの空港に降り立つ。風景。宿につき、荷物を解く。そのあと食事へ。
その間、テロップには旅する上での注意などが入って、ちょっとしたインドの旅行ガイドになっている。

③ホテルのレストランでようやく女性の生い立ちなどを聞く。
家が厳しかったこと。イイ子で育ったこと。有名4大を首席で卒業したこと。家計が傾き大学院をあきらめたこと。就職難。母親が苦手でうまくやっていけないので実家にはもどりたくない。東京に残って最初は葬儀専門の司会業をやっていた。何気なくはじめたヌードグラビアからAVに転身。

そこへカレーの到着。
テンションのあがるカンパニー松尾。

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この作品は女がYOGAの聖地を訪ねる旅であると同時に、大のカレー好きである松尾が本場のインドカレーを食してまわる旅でもある。
「YOGAとは生き方」なのだから、食事もまたYOGAなのだ。
もちろんセックスも。

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④2日目の朝 インドでの最初のセックス。ホテルのベッドで。
⑤カンパニー松尾、YOGAをならう。
⑥昼 オールドデリーで創業90年のチキンカレーとバターチキン。
⑦もどって昼のセックス。YOGAの最中に。
⑧夜 カレー(ターリー)
⑨3日目の朝、電車などを乗り継ぎハルドワールへ。聖河ガンガー(カンジス河)→YOGAの聖地 リシュケーシュ。
⑩夜 カレー(ビニヤーニ)
⑪インタビュー。藤咲飛鳥からYOGAにはまるきっかけを聞く。
20歳の時に精神世界への興味からしだいにヨーガにいきつき、今まで「イジメ DV うつ 引きこもり 摂食障害 友人の自殺 依存傾向が強い」といった困難を抱えていたが、YOGAのおかげで今はすごく安定しているという。
⑫4日目 昼 カレー →寺院→藤咲はアーシュラムで受講 松尾は街を散策
⑬5日目 ガンガー河畔で太陽礼拝→そのあと2人で沐浴をためしてみる。
⑭昼 カレー(ミールス)
⑮夜 カレー(ドーサ)
⑯6日目 デリーに戻りホテルでYOGA→セックス。
⑰そして7日目 帰郷。
どこかアンニュイな音楽をバックに電車の車窓から撮ったインドの風景を流す。
そして最後に寂しげな松尾自身を鏡に映しての自分の眼の映像。

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内容は面白かった。
当たり前のように往来を野良牛が歩いているインド。猿がいて、犬がいて、ゆったりとした河があり、そこに香辛料のきいたカレーと、雑多だがなんでも呑み込んでしまいそうなインドの町並み。
ところどころ紹介されるインド事情やヨーガにまつわる話もよかった。
藤咲飛鳥はヨーガで鍛えられたカラダが見事だ。目つきもいやらしく、最後のセックスなどは「ヨーガだけしてて、溜まっちゃって」と松尾に挑みかかった。

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しかしこの作品はいつも以上に松尾が孤独である。話が進むにつれてどんどん孤独になっていく。
実際、旅の途中から「ひとりでゆっくりしたかった」「いつかまた、来たいと思った。その時はひとりで」とテロップで吐露する。
小窓を開いて吸うタバコ。何度も映し込まれる部屋の天井扇。風を使った演出もよりいっそう寂しさを浮き彫りにしていた。

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そして話はここで終わらない。
あまりにも長すぎる車窓シーン(約5分)があったので、もう終わったつもりでいたのだが、まだ画が残っていた。
さかのぼって藤咲飛鳥のインタビューシーンが流れる。

⑱3日目の夜 ⑪の未収録部分。松尾は藤咲に将来の夢を訊く。
「結婚」、結婚してもしなくても「仕事」、最終的に「社会的に貢献したい」というのがあって「親と一緒に住めない子どもを受け入れて一緒に家族として育てていきたい」
そのためにはリッチで、夫婦関係がよくないと(里親の)認定がされない。

問題は次。自分がもっとも気になったところ。

⑲1日目の夜の③の食事風景にもどる。
インタビューの途中で彼女の頼んだベジタブルスープがやってくる。
だが来たのは野菜スープとは言えないものだった。
来た段階で「あたし、これイヤだ」と言う。
そしてインタビューが再開。
しかしまたインタビュー中、唐突に彼女が不平を言い出す。

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藤咲
私はこれが気に入らない!
松尾
あっはいはい、それにいっちゃってるんですね、神経が(笑い)。気に入らないっていたって、しょうがないじゃないですか?
藤咲
んだ、ベジのなんだ! ってってぇ…
松尾
んっ、ボーイ呼びます?
藤咲
(少し声の調子を落ち着けて)あのぉー、まぁこれでも大丈夫って範囲だったらいいんですけど
松尾
ええ
藤咲
野菜がほしかったのでぇ
松尾
ええ。ええ
藤咲
野菜が…1つも入っていないので

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松尾
すっかりこのスープのおかけでぇ、インタビューができなくなっちゃった
藤咲
うんん
藤咲
なんかほかの食べ、食べたい…、(苦笑)ほかの食べたい
松尾
いいですよ。別に
藤咲
大丈夫ですか?
 
(かわりにスープをすする松尾)
松尾
海外っていって、私も、だって、さんざん行っているじゃないですか。メニューにおいて…、だからもともと失敗すると思って頼めばいいんですよ。
藤咲
ええっ?
松尾
オレ、失敗すると思って頼みますよ。こういうところだったら。考え方としてね…
藤咲
(松尾を遮って)あのぉ、「ベジ」って書いてあるじゃないですか! でも「ベジ」が入っていないからぁ…
松尾
ああ、それも含めてだって、だって彼らは理解してないんだもん、英語を。ベジタブルっていうのを…
藤咲
でも、そう責められてもぉ、困るんです…
松尾
んんいやぁだからぁ、そお、困るけど、だから君の考え方として。ベジタブルっていうのを理解していない人たちが多いってことです。彼(ボーイ)は、だって英語ができなかった、そもそも。(笑って)ベジタブル自体がなんだかわかってないよぉ~
藤咲
(納得がいかない顔で)…ウン

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松尾のスープをすする音だけがひびく。

⑳次に予告編の最後の方にも出てくるが、2日目の朝 走行中のバイクと歩行者の衝突事故。
ぶつかったのに一言二言やりとりしてそのまま何事もなかったかのように往来を横切るインド男性。
それを見て松尾は激しくインドを感じる。

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最初、なんてイジワルな編集だと思った。
「YOGAは生き方だ」とする藤咲飛鳥は、YOGAの魅力を語り自分自身がYOGAによって安定したと言う。将来、社会貢献がしたいと話す彼女の思いはウソではないだろう。
だがその一方で、およそおおらかさとは言えない姿を見せる。野菜スープごときでとらわれてしまう彼女。YOGAをやっててもそんなちっぽけなことにこだわってしまうものなのか。そんなに許せないことか。それが彼女の生き方、すなわちYOGAなのか。

実は作品の冒頭の方でもインド的ではないような違和感のある姿が映し出されている。

⑥の松尾とともにオールドデリーに行く彼女。
オールドデリーはその名の通り、古い市街地で、雑多で、うさんくさく、インド都市部でも貧しい人がいるところである。治安もニューデリーにくらべれば悪い。だが言いようによってはそれだけたくましく庶民が生活している場所だともいえる。それこそインドらしいところではないか。
その雑踏をリクシャー(三輪タクシー)で通り抜けていくときに、彼女は「おーいおーいおーい。だいじょうぶかなぁ。まさかこういうところまで来るとは思わなかったよぉ~。私のぉ、ほんとに、とても苦手とするぅ、土地柄でぇ…」と口に出してしまう。

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これを最初見たとき「アレっ」と思った。
むしろ初めて訪れる松尾の方がありのままの「インド」を受け入れているように見える。

旅を続けながら松尾の中にその違和感がずっとあったのだろう。
だから一人になりたがる。すきま風が吹いている。

松尾は最後にこうしめくくる。

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僕はあの、ぶつけられても平然と歩き出す男みたいに
生きていきたい、と思った
YOGA
お互いその途中にて

ここは(⑱~⑳)蛇足かもしれない。あるいはもっとスマートなやり方で本編に組み入れるべきだと言う人もいるだろう。劇場版ではここの編集は変えられているともいう。
だが自分は、この「のりしろ」のおかげでこの話が永遠に回帰する人生そのものを表しているように思えた。
日本の絵巻物がそうであるように一周して元に戻る。未来は過去になり過去が未来になる。
インドという大半の人間が輪廻転生を信じているこの国で、未来につなげた物語は何度も何度も螺旋を巻いて輪を作る。

これこそインドだと思った。
もともと「ヨーガ」とは「結びつける」の意である。
物と物、人と人、心と体、自分と宇宙。過去と未来。破壊と建設。善と悪。
それらが結びつきすべてを呑み込む。豊饒な生き方がそこにはある。
それは本当の孤独を知った人間だからこそ描こうとするファンタジーでもある。

藤咲や松尾だけではない。
ボクらもまた路の途中にいる。


HMJM作品ページ

とある現場で知り合った彼女から「YOGAのインストラクターになるために、かの国へ修行に行く」と聞いた。
その時、彼女にカタチとしてのYOGAを見せてもらった。

そのポーズとカラダが美しかった。僕は彼女の帰国後、あらためて撮影を申し込んだ。
「YOGAの聖地に一緒に行かないか」と。

彼女にとっての聖地は、僕に撮って違う意味で聖地だった。
まだ行ったことがないカレーのふるさと。

YOGAから始まるセックスと巡礼の旅が始まった。

お互いのルーツ、生き方を求めて、人と車と喧騒と牛と犬と猿と静寂を
かき分けカメラをまわし始めた…

「YOGAとは、生きることそのもの」と、彼女は言った。
Days of Being Natural

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補足を読む

淫語もそこそこあったです 

  • [2009/11/23 21:15]

いやぁ~、結局、1日で見てしまいました。
「エロスの新性紀」。

とにかく後半が面白い!

純粋にレズプレイが好きな人はダメかもしれないけれど、このシーメールの望月ちはやクンって言うのがとにかくいいのよ。
別にトランスジェンダーがどうとかということじゃない。彼の人柄そのものがいいんだね。実に自然で。

これはね、ちゃんと見て評価してほしいなぁ。
6時間あるけど倍速とかで見て判断してほしくはない。

プロのライターとかで、20タイトルを5日間で見てレビューを書き終わりましたとか言われると信じらんないんだよね。

フルトヴェングラーの第九のCDを倍速で聞いても、その良さがわかるわけないよね。
「足音入り」なんて倍速で聞いてどうすんだって話だよ。
「コッコッコッコッ」ってね、鶏じゃねぇーんだから。

それと「エロスの新性紀」はレンタル出来るようにした方がいいなぁ。
買って見るとなるとハードルが高い。

んで、実は見入り過ぎちゃって淫語カウントしなかったんだよね。
はぁ~また最初から見なきゃ。

癒らし。VOL.55 レビュー 「その笑顔に毎回会えるのが俺の幸せ。」 

  • [2009/07/18 00:10]

癒らし055
七咲楓花の「癒らし。」VOL.55はここでプロデューサーが変わることもあり、そういう意味では一つの区切りの作品となっている。

この前のVOL.53の雪見紗弥、54のMarin.もよくできていた。
初期の傑作、森野雫の「癒らし。」VOL.9を見たあとにこれらの作品を見るとその完成度にビックリするかもしれない。

  1. ジムノペディが流れてタイトル
  2. 公園で待ち合わせ
  3. 河川敷で会話
  4. 彼氏の部屋に
  5. 彼氏が後ろから抱きつく→パンストを下ろそうとすると軽く抵抗する楓花
  6. うしろに引き倒しキス→ベッドへ
  7. ブラをはずすとき恥ずかしがる→かまわず愛撫を繰り返す彼氏
  8. 攻守逆転。彼の股間におずおずと触れる彼女
  9. ゴム装着してエッチ突入→後背位・正常位からゴム射(精子確認はなし)
  10. 風呂→外食→再び彼の部屋
  11. 彼の告白に「そんなこと、言ってくれる人、出会えて、私もしあわせ」とキス
  12. 二回目のエッチ→正常位・騎乗位・横抱き→後背位で正常位→腹射
  13. 彼女の打ち明け話

まず前回紹介した東良さんの言葉を改めて確認してみよう。

冒頭、久しぶりに彼に会いテレる楓花の台詞が時々不用意に敬語になる。観る方は「アレ、恋人同士なのに何故?」と思うのだが、やがて彼女が彼を「先輩」と呼ぶ。そこに一切の説明はない。しかし我々は二人が高校時代の先輩後輩であり、おそらく彼の就職先等の都合で遠距離恋愛となったのだろうと自然に理解する。そして「痩せた?」「髪?ウン、今一生懸命伸ばしているの」とカメラを見つめ恥ずかしそうに呟く楓花の言葉で――こんな台詞、オジサンの監督やシナリオライターには絶対書けない (笑)――観ている貴方自分(ママ)自身にとっても、彼女がかつては「密かに可愛いなと思っていた後輩」であり、「今は恋人になってくれた女の子」に思えてしまうのだ。

東良美季 「アナザーサイド・オブ・ビデオメイト」『ビデオメイトDeLUXE』2009年6月号 コアマガジン 63p

せっかくだから該当箇所を見てみよう。最初は「待ち合わせ」シーン。続けて「河川敷で会話」するシーン。

東良さんは「こんな台詞、オジサンの監督やシナリオライターには絶対書けない (笑)」と書いていたが、河原でポテトを頬張りながら会話するシーンを起こしてみよう。

チョーお腹すいてたんですよ。うふふっ。んん、フフフ、えっ、寝坊? 寝坊はしてない。うふふふ、ちゃ、食べる時間がなかっただけ。うん。うはははっ。ああ、んん天気いい~。んんっ。んっ? んふふふっ、んっーー、んっ、なーんで、ちゃんと、んも、食べちゃいます、私が全部、ンフフフ、ん? アタシ? ええっ痩せてない。やせ、むしろ太った、あはは、夏よりぃ結構、ヤヴァイ。んん。ん、なんか食欲が止まんなくて。エッでもセン、センパイ…、ああ、あはは、ちょっとフトっ、マルっ、マルく、丸みを帯びた。んふふ、フフフ、えっでもいいんじゃないですか。

文字で起こせば一目瞭然だが、こんなのオジサンじゃなくても誰も書けないでしょ。

七咲楓花はとにかく恥ずかしがり屋で、始終「恥ずかしい」と口にする。
最初のエッチの時も服を一枚一枚脱がされるたびに恥ずかしがり、「イヤ…」と軽い抵抗を見せたりする。

このときの主観男優の手の動きが素晴らしい。他の主観ビデオはここがわざとらしくなってしまう。
もちろん「いかにもセクハラしています」というわかりやすい動きもAVとしてはありだろう。
だが「癒らし。」シリーズがそれをやってはいけない。そういうわかりやすいのが見たい人は他のAVを見るべきだ。

さりげないエロの攻防があって、カノジョの気持ちもだんだんとエロを受け入れる準備に入っていく。
そしてついには

そりゃするだろう。

ここから最初のエッチが始まる。
そして再びブラを取ろうとすれば恥ずかしがり、パンツを脱がそうとすれば恥ずかしがる。
1回目のエッチは実に初々しい。

「癒らし。」は都合2回エッチがあるわけだが、「最初のカラミは陵辱、途中オナニーして、最後は3Pで」といった凡百のAVドラマのようにはならない。
特にこの50番台の癒らしは道具も出てこないし潮吹きもあまり見られない。

だからといって変化がないわけでもない。行為自体は代わり映えしなくても、そのSEXのもつ意味が1回目と2回目では違うのだ。
心情の変化をプレイの変化でしか表現できないのはそもそもガサツなのだ。

今回は特に七咲楓花の言葉の変化が面白かった。
彼女は基本的になにかをつぶやくような形でエッチしていくのだが、そのつぶやきとも吐息ともとれない音が彼女の思いとともにどんどん増えていく。しかも短いセンテンスでつぶやくので、言葉だけ抜き取ると幼児言葉になっていっている。それだけセンパイに心を開き、徐々にだが自然と甘えはじめているのだ。

発する言葉も「恥ずかしい」「もう」「気持ちぃ」「もっと」「あったかい」と言っていたのが、「あー、もっと、気持ちいい」「大好き、大好きだよ」「ギューしてぇ、ギュー」とセンテンスが長くなっていく。

また冒頭で示したように、彼女の表情と言葉以外の非言語の音が、言葉以上に気持ちを伝えてきてくれる。
決して口達者とはいえないのに饒舌ですらある。

「すごい」「おっきい」「久しぶり」
そんなことをつぶやきながら七咲楓花が迫ってくる。
後輩だった楓花が今度は自分の恋人になってね。

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