テムポ正しく、握手をしませう。 

  • [2012/09/30 21:11]

吉祥寺 「いせや」にて

木蘭さんは「監督失格」って、観たことあります? …観てない? ああ、話は知ってる。ああ、そうですか。
えーと、自分はあの作品を4回ぐらい観てまして、一番最初は映画館で、あとはDVDを買って観たんです。もともと自分の過去とかぶるところがあるじゃないですか。最愛の女性を亡くしてしまった点では同じというか。
でも向こうは不倫なんですけどね。
木蘭さんも不倫はだめでしたっけ? ああそう。まぁそうですよね。

それで、とにかく最初はかなり警戒して観てたんです。
その時の感想は、自分のブログにも書いてまして、このまえ、あらためて読み返してみて、まぁこうだったよなぁって思ったり。みんな騒ぎすぎっていうか。

ただ一点、どうも今ひとつピンと来ないところがあったんです。
作品の最後の方で平野さんが言うんですよね。「オレは由美香にさよならを言いたくないんだ」って。
それがどうも理解できなくって。
だって忘れる必要なんかないじゃないですか、自分が好きだった人なんですよ。そのまま彼女の思い出とともに生きていけばいいでしょ。もうすでに自分の一部と化していて、日常の中に組み込まれているはずです。
「なんで、ずっとのたうち回ってんだよ」って。「どこまでセンチメンタリストなのよ」って思っちゃったわけです。
2回目も、3回目もDVDで観たんですけど、やはりその印象は変わらない。
うまく感情移入ができないというか、平野さんと自分の考え方の違いなのかなぁって漠然と思ってしまいました。

でもこの間、また観る機会があったんですよ。Twitterでもつぶやきましたが、自分がよく行くBarで、何人かの人と。
そうしたら、今度はまったく違った。
途中からボロボロ泣けちゃってねぇ。
平野さんの寂寥がびんびん入ってきちゃったんですよ。
かっこ悪いんだけど、泣けて泣けて仕方がなかった。

でもなぜ今さらながら泣けたのか?
そのときはまだよくわかってなかったんですけど、その翌々日に二村さんとご飯を食べながらその話をしていたら、ああそういうことかって途中で気がついて、不覚にも二村さんの前で泣きそうになっちゃったんですよね。

自分がカミさんを亡くしてしまった話って、二村さんがマザーズの宣伝で淫語魔を説明するときに、一つのエピソードとして話すことがあるんです。
自分はもうすでにこの話は自分の中で整理されてしまっているし、それにどうして自分が淫語魔になったのかを理解させるのに、確かに聞いていてわかりやすい話ではある。だから気にはしてなかったというか、ホントのことですからね。まあまあ任せていたわけですよ。

ところがこの春、仕事で女性のマンガ家さんと編集の人に出会ってね。二村さんがいつものように淫語魔を紹介して、自分はいつものように当惑の表情を浮かべる彼女たちをただ眺めていた。
でもね。そのあとの二人の反応がそれまでの人たちと違ってたんですよね。
特に編集のコは、「これはいんごまさん、絶対に書くべきだよ。わすれないうちに絶対に書いて。約束して」と何度もしつこく迫られました。
そこまで強引に言う人も珍しかったんで、ちょっと書いてみるかって気になっちゃった。

自分は実はあまり彼女の遺品とか残していないんです。
一時はホントに消えてしまおうって考えていたし、ましてや文章に書いて残す気などさらさらなかった。だから記憶だけが頼りなんです。
それまでも書いたら読みたいって言ってくれた人はいましたが、その必要をまったく感じてこなかった。
だって、自分の中だけで完結してる話ですからね。

でも今回はじめて書いてみようと思ったんですよ。
そういう巡り合わせなんだろうって。たぶん1年近く二村ヒトシというクリエイターの現場に参加していたせいもあると思うんです。言い方は悪いですが、毒気に当てられたというような。
ライターの仕事を始めていたのもあるでしょう。文章にはそこそこ自信ができてきてたし、どっちにしたって過去のことです。すいすい書けるだろうとたかをくくってました。時間もかなり経過しているわけですしね。

ところがこれが思いっきり地雷だらけでした。
どこを掘っても、書いてるだけで涙とも汗ともつかないものがではじめたりして。感情のリミッターが壊れちゃって、なんだ、ぜんぜん整理がついてないじゃないかと、そんな自分にびっくりでしたよ。

書いてないときも、もうずっとフワフワしてましてね。自分が自分じゃないみたいなんです。
そんであるとき、井の頭線の駅で電車待ちしていたとき、プラットホームに入ってくる電車にすぅーと飛び込みそうになっちゃったりして。あぶねぇあぶねぇと思いながら、その日はそのあと二村さんとAVの打ち合わせがあって、でも心ここにあらずって感じでまったく役に立ちませんでした。
ああ、これをやるってことは狂気の中に入っていくことなんだなぁって。これは一人じゃ難しいぞって。
それで一端書くのをやめたんです。今の自分の最優先課題はマザーズを軌道に乗せることでしたから。

でも書くのを控えただけで、まったくやめてたわけではありません。
この夏は本当によく頭の中にいる彼女と話をしました。ことあるごとに語りかけて、ぶつぶつぶつぶつ独り言を言ってました。それは楽しかったり悲しかったり、ときには感じたことのない憤りもあって、そんな自分に驚いたりしてました。

いやー作家さんって大変なんですね。
ここまでの話、わかります?
んなら、よかった。少しとっちらかりすぎるかなぁと思って。

それで監督失格の話なんですけどね…。

戸越 「なか卯」にて

ほら、二村さん。この夏、自分、うちの奥さんのことをちょっとだけ書いてみたって話をしたことがありますよね。それでかなりおかしな気分になって行き詰まって、二村さんに相談とも愚痴ともつかないことを言っちゃった。

死は絶対でしょ。どうしたって受け入れなきゃいけない現実です。
でもだからといって、そんな簡単に受け入れられるわけではない。
自分たちはその現実を受け入れるのに苦しんで、何度も話し合って、ゆっくりとあきらめていって、最後はお互い納得しながらその時を迎えられました。すがすがしい別れだった。
でもね。ときどき思ってしまうんですよ。「なぜ?」って。
それは答えのない問いです。すでに解答は出てるはずですから。
それでもどうかするとふっと頭をかすめる。どうしてこうなったのだろうって。

その疑問を理屈と自己陶酔で無理矢理ねじ伏せて、いくつもの感情のスイッチを切りまくって、わざと卑俗な刺激で心を満たしたりして、そうやっていろんな工夫をして何重にもコーティングして、押し殺してきた。
自分のやってきたことはそういうことなのかもしれないって。
ふと思うことがあるのです。
自分はとっくに乗り越えて整理がついたことにしてたけど、まだまだだったのかもしれない。それは逝ってしまったものへの配慮であって、自分はそこに陶酔することで納得しようとしていた。

本当はね、たぶん頭にきてたんです、妻に対して。
それとそこにとどまろうとする自分に吐き気もしていた。

実際はそんな綺麗ゴトだったわけじゃない。夫婦のことは夫婦にしかわからない。
結局、美談であってほしかったのは自分だったってことです。自分こそ、それがなにより必要だった。

自分は親しくなった人を失うのが怖いんです。
愛している人には消えてほしくない。消えられるのがいちばん堪える。
ならばもう下手な人間関係は作らず、なるべく恋なんかしない方がいい。そう思うのは当然でしょう。
でもそれがここ何年間で徐々に変わってきちゃいました。また人と強く関わろうとし出した。もともとそういうヤツだったんですよ。

監督失格で、平野さんが泣くじゃないですか。のたうち回って。
「由美香にさよならをいいたくない」って言うじゃないですか。
この間、そのラストシーンを観ていて、ようやくその気持ちがわかった。

過去の思い出を表現するってことは、自分じゃないものにしてまうことなんです。
他人にも理解される状態にするってことは、自分と一体であったものが無理矢理に剥がされ、手を離れてしまうってことです。そこにできあがったものはまったく別の何かです。もう自分のものではない。

ああ、自分がやろうとしてたことはそういうことなんだと。あそこでのたうち回って苦しんでいる平野はまさに自分なんだと。これからものすごく寂しい思いをしながら地獄の底で這いつくばって書くことになるんだって。
でも書くと決めたのなら、その覚悟はしとかないといけない。

文章で表現するってことは…。
逆に大事なモノを手放さきゃならないってこと…。

………。

ふーー。

自分のものではなくしてしまう。ケリをつけてしまう。
ケリをつけなきゃいけないんだと思ったら…

…………………。

あぶねぇ、二村さんの前で泣きそうになっちゃった。

自宅 「電話」にて

まあ、今月はよくデートしたよね。ここまでいろんな人とデートしたのは初めてだと思うよ。
ああ木蘭さん? 木蘭さんは彼氏がいるからね。結構、公になっているから最初からその気があったわけじゃないよ。
彼女には前々からものすごく興味があって、パピーの方から誘ったらなぜか乗って来てくれたんだ。
もちろん美人と一緒に飲むのは気持ちいいしね。
いんごまはフェロモンがないからまったく無警戒だったのかもしれない。

いや自分でもわかるよ。まったくフェロモンがないよね。
ある人に「フェロモンを出すためにたくさんの人とデートしたら」とアドバイスされたことがあるんだけど、木蘭さんにそのことを言ったら、大笑いされて「いんごまさんはそこで勝負するひとじゃないでしょ」とか言われちゃった。

うん、木蘭さんがサシ飲みする気になったのは、どうやらブログを読んでくれてたからなんだ。「淫語魔の日常」とか「読書」とかを読んでて、それでどういう人なのかなぁって興味があったらしい。
そういう意味じゃ、両思いではあるよね。

モテということでいうと、いんごまはちょっとぶっちゃけすぎなんで、本当にモテたいなら、あまりしゃべらず謎があった方がいいとも言われたな。
「いんごまさんとはガールトークみたいにリラックスして話せちゃうからあまりドキドキしない」って言われちゃった。

んん? そうねー。結構、へたを打っているしね。
最近は妙に惚れっぽいだろ。「この人かも!」って思った人にはすぐ「付き合って」とかいって振られちゃうし、なんだかよくわからないよね、これじゃ。
なんともには「淫語魔さん、恋愛の仕方を忘れたんですか?」とか笑われちゃってるからね。
恋愛するにしても、いろいろ問題はあるよね。

いや、毎年さ、9月は駄目な月なんだよ。
去年はAVメーカーをやりだしたでしょ、その前は文学賞騒ぎでしょ。それでなんとかしのげたけど、その前まではいつもどうやりすごそうかって感じだったよ。

うん、亡くなったのが9月だったんだ。前に言わなかったっけ?

年を取ると人ってさ、そうやって何かを回避しながら生きていったりするのさ。
まあでもそれもいい加減、終わりにしないとね。
今年はそういう意味で言うといつもと違って楽しい9月だったよ。
色ボケキャラを通して過ごせたからね。それにいろんな女性とデートすると勉強になるね。今思うとデートした女性はみんなイイ女だったなぁ。

それと、やっぱりあらためて書こうと思った。
うん、カミさんのこと。
それは決着をつけるべきだと。

「喪失することが怖い」って木蘭さんに言ったら「まさにそのことを書くべきだ」って言われたよ。

ん、「ソーシツ」っていうのは、何かを失うこと。んん、そうそう、そういう意味。
喪失感ね、そうそうそう。使うでしょ。

木蘭さんは大笑いするときの顔が魅力的なんだけど、そのときもまたもや大笑いして「まず今、いんごまさんが恋人と危機的状況になっていて、そこから過去の奥様の話に戻るといいんじゃないかなぁ」なんてアドバイスをくれてさ。「喪失するのが怖いってことを過去に求めて説明するようにすると、読んでいる方は読みやすくなる」ってさ。んなことを目をキラキラさせていうんだ。
「それじゃあ、やっぱりまず自分、恋人をつくらないといけないですよね」って言ったら、そこでまた大笑いして「そうですよね」って涼しげな顔して応えるんだよねぇ。

そう、ねぇ、ステキな人でしょ。人の話をよく理解するし、筋は通っているし、魅力的だし、美人だし、ざーんねんでならんのは彼氏がいることだなぁ。

木蘭さんはしょうがないけど、もちろん恋人をつくる気まんまんよ。
まあ木蘭さんには服装についてもいろいろダメ出しされて、結構いろいろ細かいこと言われたので頑張ることにするよ。

えっ、何、言われたかって?

Tシャツ着るなら、プリント柄。もしくは襟付きを着なさいって。
敗因はだらしない感じがだめらしい。ほんのちょっとしたことなんだって。
なに、わかる? だったら早くいいなよ。ふふふ。

え? わかってるよー、巨乳で美人のお母さんがいいんでしょ。
まぁ、考えとく。
でもまずは「恋はあせらず」っていうじゃない。
知らない? シュープリームス。
そんな曲があるのよ。
アイツ、機嫌がいいとよく鼻歌を歌ってたなぁって。