監督失格だね 

おとといの30日、「監督失格」を見てきた。
東良さんの日記によく登場する編集Tくんが、前売り券があるということで一緒に見に行ったのだが、実は内心ヒヤヒヤしていた。

この映画は、ある日突然、愛していた女が亡くなり、取り残された男がのたうち回ることになっている作品だ。それって、自分が何重にもコーティングしたつもりでいる過去の記憶と思いっきりかぶるところがある。しかも先行で見ている人たちの感想が、やれ「号泣した」とか「見たあとしばらく言葉が出なかった」とか、はたまた「一週間放心状態だった」とか、そんな大騒ぎが聞こえてくる。
一緒に見に行くTくんは年下で、男気のある好漢である。その前でだらだら鼻水垂らして泣き崩れたら一生の恥である。
笠智衆じゃないが、男は人前でそうそう簡単に泣いてはいけない。

だがそれはまったくの杞憂だった。
涙腺が緩みかけたのは1度だけ。由美香の死を聞きつけたカンパニー松尾が、アパートの前までやってくるがカメラをうまく回せず、「由美香が死にました」と男泣きするところ。そこはちょっとジンときた。

だがあとはそうでもない。むしろ自分にとっては日常の出来事だ。
突然、事切れて動揺する。頭が真っ白になり、冷静になろうとするが、こみ上げてくる感情をどう処理していいかわからない。そして数日が経ち、怒りに似た強い寂寥感がわいてくる。ただただ喪失感が漂う映像。
そんなもの、最愛の人を亡くせばみんなああなる。憤り、悔恨、記憶、恢復を目指そうとジタバタする。のたうち回る。いくつかの感情の回路を切り、ポーとしている。ぽっかり開いた穴をどうふさぐか。そんな自分をどう認めるか。
男は女を失い、母親は娘を失った。それでも日常はやってくる。
だから無理矢理にでも落とし前をつけるしかない。

ふつうにいい映画だったよ。逆にみんな騒ぎすぎ。
これから見る人は余計な情報を入れず、何も考えず見ることをおすすめする。
あっ、でも松江監督の「あんにょん由美香」を観てからいくと面白いかもしれない。そういう比較はありかも。平野の方がよっぽど個人的な部分をさらけ出しているはずなのに、松江のようにナルシス臭は感じられなかった。そこはストイックで純粋だった。
作為的なものがない。平野の覚悟しかない。

でもあれだよね、「あんにょん由美香」ができたから、平野の心に火がついた側面はないのかね。あったら嬉しいが、そんなことは誰も聞きやがらねぇ。
誰か本人に聞いた人はいるのかな?
もしもそれが発憤材料になったのなら、それもまた「由美香の意志」みたいなものが働いたのかもしれない。「だったら平野さん、作りなよ」ってことで。

それにしても妙にラーメンが食いたくなる映画だ。
東京にくる機会があれば由美香ママのやっているホープ軒は抑えておくべき。
あれもふつうにおいしいラーメンだ。

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