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 2010年12月 

愛スルということ 

  • [2010/12/06 10:07]

友人の奥さんがある日突然家を出奔した。
さんざん探し回った末、新宿にいることがわかった。
彼女の実兄が連れ戻しに行くが、なにやら言っていることがおかしい。
すぐに精神科の病院に連れて行った。病名は統合失調症。

もともと彼女に統合失調症の病歴があったのは知っていた。
だが友人が彼女と知り合った頃は寛解したあとで、いたってふつうの可愛らしい女性に見えた。一目見て彼は彼女のことが気に入ったらしい。
彼女もまた憎からず思っていたようだ。

もう30をとうに過ぎていた彼はそろそろ身を固めたいと思っていた。
何度か会って話すうちに気持ちは固まっていった。
だがやはり彼女の病歴に少し引っかかったのか、ある時自分にポツリとその話をした。

誰かのちょっとしたお墨付きがほしかったのだろう。
そしておそらく自分は彼の期待に添うようなことを言ったのだと思う。
自分はちょうど最愛の人を失ったばかりで、まだその余燼が残っていた。
だからこんなことを言った。

精神病の病歴は結婚する上で気になるところかもしれない。
でももしもそれが理由で結婚ができないとすれば、そういう病気にかかった人は二度と結婚の夢を持ってはいけないことになる。
果たしてそれはどうなんだろう?

自分が一緒になった女も、いくつかの問題を抱え社会的にはハンディーを背負った女だった。実際、生きるためにいろいろなことをしてきたと言っていた。
でも自分は彼女と結婚して幸せだと思った。
たとえあらかじめ早死にする運命だとわかってたとしても、それでも自分は彼女と結婚しただろう。こうなってしまった今もその気持ちは変わらない。要は自分が納得できるかどうかだ。

まもなくして彼は結婚した。
それから年に何回か2人を見かけることがある。今年も偶然、初詣が一緒になった。
いつ会っても2人は仲むつまじく幸せそうに見えた。
彼の奥さんにそういう病気があったことなどとうに忘れてたぐらいだ。

だがそれは再び発症した。
いったん実家に引き戻された彼女は、もうあの家には戻りたくないと言う。そして彼とはもう会いたくないと。
そのうち彼女の両親もこの結婚は失敗だったとあきらめるようになった。
親も親なりに思うことがある。ここで別れた方がお互いのため、そう決断して、彼に離婚を薦めるようなった。

彼は悩んだ。こんな形で別れたくはない。
彼女に家を出られてから一度も会えてないのだ。どう納得すればいいと言うのか。
一度でいいから一声かけたいと思う。せめて一目彼女の顔を見たい。

しかし向こうの両親は別れてくれの一点張り。この件は早く決着をつけてしまいたいようだ。そこには彼女の強い意向が働いていたのかもしれない。
病気だという彼女に無理なことはいえない。彼女の両親もかなり憔悴してきているようだ。
ついに彼は根負けして離婚届に判を押す。

それを知ったのは先週のこと。
胸の奥が疼いた。
あんな楽観的なことをいうべきできなかったのかと今更ながら気が咎める。
所詮、きれい事かと。
とにかく彼の様子を見に行くことにした。

マンションにつくと、彼は少しまぶしそうな顔をしながら笑顔で迎えてくれた。
いつでも他人に気遣いを見せるやさしい彼。なぜこんないいヤツが。いや、こんないいヤツだからこそ、こんな目に遭うのか。

部屋に入ると彼女の荷物がたくさん残っている。
どうやら家を出たままの状態にしてるようだった。
3ヶ月ものあいだ何ひとつ片付けることなく彼は彼女の抜け殻の中にいる。

たぶん明日もそのままの状態で仕事に行くのだろう。
そして誰も出迎えることのないこの部屋に帰ってくるのだろう。

部屋で身ひとつポツンとしている彼を見て心がふるえた。