淫語とは何か -5次元淫語の発見- 前編 

  • [2012/01/10 00:18]

「淫語」というのは、96年に松本和彦が『一期一会』シリーズで、AVをジャンル分けして売るというコンセプトのもと名付けられたもので、それ以前の未分化状態の頃は「痴語」「卑猥語」などと表記はバラバラだった。もちろん淫語プレイそのものは『一期一会』以前からあったわけだし、作品的にも91年に発表されたゴールドマンの『無差別級淫乱症 藤小雪』(ヴィーナス)が淫語特化の最初の作品と考えてよさそうだが、初めて一つの概念として成立させ、そのジャンルに名前をつけて広く流布させたということで言えば、『一期一会』シリーズの一作品、『淫語』を基準点として考えるべきだろう。

さらに松本監督の話によれば、SODの初期のヒット作『淫語しようよ』も、企画に困っていた菅原ちえに松本和彦が助け船を出してまとまったということらしく、この作品をもって「淫語」という言葉の定着が決定打となったことを思うと、やはり松本和彦とSODの功績に帰するところ大であろう。すなわち「淫語」とは、カオス状態の中、松本が名前をつけて見い出し、SODの菅原がテレビのバラエティー感覚で育て周知させたものといっていいだろう。
テレビでは放送禁止用語であるものを、テレビ制作の流れをくむSODがエロとして売りだした。
その流れで考えれば、SODが当初、淫語にエロを感じていた理由がわかるような気がする。つまりは、制作者自体が禁忌と解放というエロスのメカニズムを強く感じていたということだろう。

松本和彦が『一期一会』で想定していた「淫語」とは、早川優美に「この作品はズバリ、いやらしい言葉がだーい好きな人たちだけのビデオです。特にその中でも、放送禁止用語に、とことんこだわってみました…ってなことで、まずは、わたくし、優美ちゃんが、エッチなエッチなファックに挑戦しようと思います。それじゃ、はじまり、はじまり」と言わせていることから明らかなように、「放送禁止用語を軸にしたいやらしい言葉」ということだ。
ただし放送禁止用語というのは、明確なガイドラインがあるわけではなく自主的なもので、せいぜい「公では禁忌になっている言葉」という曖昧な形でしかくくれそうにない。
該当する言葉で間違いなさそうなのは男性器・女性器ぐらいだろう。
したがって淫語というのは、「男性器・女性器を中心にした言語群ということであり、それを基軸とした性的表現」あたりでとりあえず納得するしかない。

もう一つ、別の判断基準がある。
『一期一会』がリリースされた頃のAVは、レンタル系が主流で、これらの作品では「チンポ」「おまんこ」は、まずビデオ倫理協会を通す段階で音声が修正されてしまう。レンタル系の自主規制団体・ビデ倫では性器をモザイクで隠すのと同等の意味合いがそれらの言葉にはあったのである。したがって「淫語」とはこういったビデ倫に引っかかりそうな言葉という言い方も出来る。
レンタル系では決して聞くことのできない言葉を、ビデ倫を通さないインディーズのセルAVでは聞くことができる。
『淫語しようよ』が価値を持ったのはそういう背景があるからであり、だからこそ当時は淫語が聞けるというだけで大ヒットしたのである。

一次元淫語

いずれにしろ、淫語の定義は、松本の『一期一会』とSODの『淫語しようよ』に基準を求めるべきである。
具体的には「オチンチン」「チンポ」「マンコ」「オマンコ」など、性器表現が有る無しでもって、淫語作品かどうか判断されなければならない。
嘆かわしいことに今でも、タイトルに「淫語」を入れている作品で、まったく「淫語」が出てこないというものが結構あるのだ。
注意喚起のためにあえて例を挙げると、たとえばアートビデオの『SM淫語噴射』シリーズがそうだった。

こういう作品を見つけてしまうとたとえそれが100円レンタルといえども相当、頭にきて眠れないものである。ましてやそれが購入したのならなおさらだ。
こっちは3千円なら3千円、金を払い、夜中に楽しみにして見たりしているのである。
そのお金と時間と楽しみにしていた気分をこの男に返せと言いたい。
なぜ制作側の勉強不足のせいで、こちらが馬鹿をみなくてはいけないのか。
こういうのを見ると、その監督に直接会って、あなたは何年、このAV業界にいるのか、松本和彦の『一期一会』やSODの『淫語しようよ』は見たことがあるのか問い質したい気分になる。

ということでまずは男性器・女性器の淫語ありきである。
これをとりあえずは一次元淫語と名付けることにしよう。
なぜなら、ただ淫語を言ってればいいわけではないからである。

二次元淫語

言葉というのは記号としての部分と、それを指し示す意味内容としての部分に分かれる。
ソシュールのシニフィアンとシニフィエでも、仏教用語の能詮・所詮でもなんでもいいが、言葉には記号部分が同じでも、その指し示す内容は人によって違ったイメージが伴うものだ。
またそれとは逆に、同じ意味内容を指す言葉でも、その表現の仕方は何種類もあるといえる。

もしも言葉がただ単に意味さえ通じればいいということなら、「アソコが濡れている」でも「股間が濡れている」でも「おまんこが濡れている」でも、なんでもいいということになる。
その違いが感じられないのであれば、確かに「おちんちん」も「チンポ」も指示内容が同じなのだから一緒だろう。

しかし実際はそうはいかない。
淫語といっても、どの言葉を聞きたいかは人それぞれで、男性器であれば「チンポ」なのか「おちんちん」なのか、「キンタマ」はあるのか、「チンポ汁」はどうなんだ、みたいなことが大事であったりするのだ。
その女優のチンポ発言が聞きたいのに、買ってみたらなかったではすまされないのである。

ところが淫語をタイトルに入れている作品で、そのことを明記しているメーカーは本当に少ない。10年前のSODはそのあたりをちゃんとやってくれていたのだが、今は見たことがない。
SODですらそうなのだから他は推して知るべしだ。辛うじてアロマ企画とアウダース、映天系のいくつかのレーベル、それとドグマのみのる監督の作品が、台詞の抜き出しをすることでニュアンスを伝えてくれている。
やはりパケ等に記載するのは、デザイン的に見映えが悪いということだろうか?

しかしながら、淫語が聞きたい人間はそんなことは関係ない。どんな理由があるにせよ、不親切であることには違いがないのである。メーカーの広報担当者はまず淫語の記号には種類があり、そしてそれは淫語マニアにとってものすごく重要なことであるということを理解するべきである。

それは制作する側もそうで、そもそも淫語の記号部分と意味内容は次元の違う話なのである。その違いを意識せずに淫語作品など作れるはずもない。

ついでに言えば、同じ記号でも「音声記号」と「文字記号」とではまったくもって違う。
よく書き言葉をそのまま台詞にして言わせる下手くそなシナリオを書く人がいるが、そういう人はまずもって他人の話している言葉というものを斟酌できない人間ということになる。
「書き言葉」と「話し言葉」は違う。小学生でもわかりそうな理屈である。

このように、「記号と意味とは次元のズレがある」と意識することで別の地平が見えてくる。
これを2次元淫語としよう。

文章を書く人間ならわかると思うが、同じ意味内容を伝える文章でも、ある人間が書けば非常につまらないものが、ある人間が書けば胸にせまってきたりする。
自意識をこじらせまくっている文章もあれば、ヘミングウェイのようなハードボイルド調の名調子もある。文章の上手下手があるのはまさに記号と意味内容に位相があるからだ。

ふつうの文章でもそうなのだから、「淫語」という局所的な文脈にも違いが生じるのは当然である。すなわち「ヌルヌルのマンコ」と「ビチョビチョのマンコ」は違うのである。

先ほどの話に戻るが、この違いを斟酌できない愚か者が作品のパッケージを担当すると、淫語マニアにとって大変迷惑なものができあがる。
淫語AVマニュアルで例を引くなら、これなんなんかがそうだ。ビックリするぐらいの虚偽記載だ。
こういうのをやられると本当に悲しくなるのだ。

考えてみてほしい。
「ママのお口にいっぱいチンポ汁出していいよ♥」と吹き出しで書かれたら、この綾瀬ひめが、この言葉を口にしてくれているんだろうとエロ妄想に火がつく。そして店頭でああでもないこうでもないと他の作品を選びながら、最終的にはこの言葉を綾瀬ひめから聞きたいとチョイスして2980円を払うとしよう。家に持ち帰って、再生。120分間、その言葉が聞けるのをチンポを握りながら待つ。
無い。なかなか言いそうにない。それでも信じてそのときを待つ。
しかし無情なことに最後までその言葉がでない。「END」の文字で目の前が暗くなる。
そのときの絶望感と怒りといったらない。これほど残酷なことがこの世にあるだろうか?
そのユーザーはひょっとしたら、仕事でものすごい失敗をしているのかもしれない。あるいは家族に不幸があって唯一の楽しみがAVなのかしもれない。それがこんな理不尽な仕打ちを受ける。そんなユーザーがいるかもしれないということを、これを作ったヤツは理解しているのだろうか?
こいつにそれと同じ気持ちを味わってもらわないと気がすまない。しかもこいつらはこんな仕事で金をもらって生計を立てているのである。
ふざけるな!
お前のお粗末な仕事のせいで、なんでこんなに惨めったらしい気持ちにさせられなきゃならないんだ!!

以上、これぐらいの情報は淫語AVを買う・借りるのに最低限、必要な情報ということで、淫語AVマニュアルでは淫語の種類をカウントして載せている。
本来はメーカー側がやるべきことだとは思うが、多くのメーカーはこの点において淫語AVを作っているという気構えが感じられなくなくなっている。淫語のパイオニアであったSODですら今はその気概もないようである。

(以下続く)